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新潟地方裁判所 昭和43年(ワ)832号 判決 1977年12月26日

第六一三号事件原告 笹花石産株式会社

第六一四号事件原告 柏興業株式会社

第八三二号事件原告 下田石産業株式会社

訴訟承継人 株式会社氏田組

第六一三号、第六一四号、第八三二号事件被告 宇佐美平八 外四名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、1 昭和四三年(ワ)第六一三号事件原告笹花石産株式会社(以下に原告笹花石産という)

被告らは連帯して原告笹花石産に対し金三一六万一五一〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

2 昭和四三年(ワ)第六一四号事件原告柏興業株式会社(以下に原告柏興業という)

被告らは連帯して原告柏興業に対し金一二四万八七八〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

3 昭和四三年(ワ)第八三二号事件原告下田石産株式会社訴訟承継人株式会社氏田組(以下に承継人氏田組という)

被告らは連帯して承継人氏田組に対し金九三万五三〇〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二、昭和四三年(ワ)第六一三号同六一四号同八三二号事件被告宇佐美平八(以下に被告宇佐美という)、同星野剛一(以下に被告星野という)、同早渡三郎(以下に被告早渡という)、同田中左右(以下に被告田中という)、同宮路与三郎(以下に被告宮路という)

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因(原告会社ら共通)

1  (当事者及び原告会社らの債権)

原告笹花石産は、昭和四三年一月二一日から同年六月二〇日までの間、訴外株式会社吉田土木(以下に吉田土木という)に対し、石材金三一六万一五一〇円相当を、原告柏興業は、同年一月二一日から同年六月二八日まで右吉田土木に対し石材金一二四万八七八〇円相当を、承継前原告下田石産株式会社は、同年一月一日から同年七月一四日まで吉田土木に対し石材金九三万五三〇〇円相当を、各代金支払期限は遅くも売買の五ケ月後とする約で売渡した。ところが、同年六月吉田土木は支払不能に陥り、同年七月一六日代表取締役吉田喜代二は失踪して同会社は完全に倒産し、原告会社三社の前記債権は回収不能となつた。その後昭和四五年六月八日承継人氏田組は承継前の原告下田石産株式会社を吸収合併し、同会社の権利義務一切を承継した。

2  (法人格不存在による被告らの弁済責任)

吉田土木は、その事業目的を「一、土木建築、請負、設計及監理業、二、右に附帯する一切の業」、資本の額を三〇〇万円、代表取締役吉田喜代二、取締役吉田輝雄、同吉田マヨ、監査役被告星野、同被告宮路として、昭和三八年一月二五日設立登記を経て、あたかも株式会社として有効に成立し存在しているように見えるけれども、実際はその頃個人で建設業を営んでいた吉田喜代二が、公共団体の工事を請負う便宜上から外見だけ株式会社に組織変更するため、被告らとともに架空の会社を設立することを企て、共同して一定の事業を企画する目的も存しないのに、名目上、吉田喜代二、被告宇佐美、同星野、同早渡、同田中、訴外吉田輝雄、同吉田マヨの七名が発起人となつて設立した外形だけのものに過ぎない。即ち、資本金三〇〇万円のうち、一五〇万円は吉田喜代二において引受け払込み、被告星野が三〇万円、同宇佐美が二五万円、同田中が二〇万円、同宮路が二〇万円、同早渡が一〇万円、訴外吉田輝雄が二五万円、同吉田マヨが二五万円それぞれ引受け払込んだ形となつているが、実際は、吉田喜代二が昭和四三年一月二一日訴外新潟県信用組合より期間一週間の約で借受けた三〇〇万円をもつて所要の設立資金に充てたものであり、右借受金全額は借受直後に訴外株式会社北越銀行に別段預金として預入れ、保管証明を得た後、同月二五日の設立登記を経由した直後の同月二八日には右別段預金を引出し、引出した金員はことごとく前記信用組合に返済したもので、いわゆる「見せ金」による株式払込であり、株式会社の根本規約たる定款も作成せず、創立総会も開催せず、取締役・監査役も選任せず、ただ設立登記を経るために吉田喜代二において訴外木村源太郎をして、内容虚偽の定款・株式申込引受証・創立総会議事録・取締役会議事録を作成せしめて、これらを利用して前記設立登記を経たもので、その後も取締役会・株主総会は開催されず、共同企業体たる会社としての実体を備えず、有限責任社員よりなる資本団体たる会社として必要な商法所定の設立手続を経ていないので吉田土木の法人格は不存在である。

被告らは吉田喜代二と共に外見上吉田土木の発起人、株主となつて名義を貸与したものであるから、右のように同会社の法人格が不存在であるときは、外観尊重、取引安全、善意の第三者保護の法理により表見的企業者責任の効果として、吉田喜代二と共に組合構成員類似の責任を負うべく、しかも、原告会社らに対する吉田土木の前記各債務は商事債務であることが明らかであるから、被告らは連帯して右債務を弁済する義務がある。

3  (法人格否認の法理による被告らの弁済責任)

吉田土木は前項主張のとおり、吉田喜代二の個人営業が所謂「法人成り」したもので、設立登記はあるものの、法定の設立手続は履践されておらず、資本金の払込も全て見せ金によるものであつた。また吉田土木は、設立当初より吉田喜代二の営業一切を譲受けたもので、営業の実態は設立の前後を通じて同一であり、実権は専ら代表取締役たる同人に帰属し、取締役会も株主総会も開催されず、会社から同人に対する貸付金も多額に上り、その間の資産関係は不分明である。

従つて、吉田土木の法人格は形骸に過ぎないか又は濫用されているかのいずれかであつて、否認されるべきであるから、被告らは右法人格の背後に存する吉田喜代二と共に、発起人・株主となつた者として、外観尊重、取引安全、善意の第三者保護の法理により表見的企業者責任の効果として、吉田喜代二と共に組合構成員類似の責任を負うべく、しかも、原告会社らに対する吉田土木の各債務は商事債務であるから、被告らは連帯して右債務を弁済する義務がある。

4  (架空会社((法人格不存在会社))設立による被告らの損害賠償責任)

吉田土木は、実際には、設立時に吉田喜代二の個人営業時代の資産、負債を全て引継ぐことを被告ら発起人において約し、昭和三八年一月二五日の設立と同時にこれを履行したのであるが、これは、商法一六八条一項六号の財産引受に該当するから、定款に記載し、裁判所により選任された検査役の調査を経ねばならないのにも拘らず、被告らはこれらの手続を全て怠つた。しかも右個人営業は吉田土木が引受けた当時、負債が約一九五〇万円であつたのに対し資産は約一〇五〇万円しかなく、約九〇〇万円の欠損があつた。

更に吉田土木は、官公庁の工事受注に便宜を得るため、昭和四二年二月一一日資本の額を一〇〇〇万円に増資し、吉田喜代二が三五〇万円、被告星野が三〇万円、同宇佐美が二〇万円、同田中が二〇万円、同宮路が二〇万円、同早渡が一〇万円、訴外吉田輝雄が八五万円、同吉田マヨが六五万円、同吉田義夫が五〇万円、同吉田喜代三が五〇万円を各々引受・払込した外観をとつてはいるが、これも見せ金による仮装の払込であつて、実際は、吉田喜代二が他から七〇〇万円を借入れて、これを訴外株式会社第四銀行に別途預金として預入れ保管証明書を得て増資の登記を経た後に口座を振替え、同年二月一六日に払戻を受けて借入先に返済し、帳簿上は吉田喜代二への貸付金として処理したものである。

右のように、吉田土木の設立時及び増資時の資本金は払込まれた外形はとつているが、実際には全て所謂見せ金によるもので一銭の払込もなく、従つて資本は不存在であり、しかも前記のように商法違反の手続により譲受けた吉田喜代二の個人営業には約九〇〇万円の赤字があり、結局吉田土木は設立当初から物的会社として重要で債権者の唯一の拠り所となるべき資本の実質が皆無かつ資産も皆無の赤字会社であつたのである。かくては会社として維持、経営していくことが不可能であり、やがては存続不能となることは自明の理であり、事実、吉田土木はこの資産の脆弱性が根本要因となり倒産したのである。

被告らは、発起人もしくは株主として、右のように架空ないし著しく資産が過小で法定の設立手続も履行せず法人格が不存在であるような会社を設立するときは、早晩倒産し会社債権者に対し損害を蒙らすことを知り、もしくは重大な過失によりこれを知らずして、吉田喜代二と共謀して真実設立する意思もないのに吉田土木の設立に外形上参加し、これにより同会社を資本の充実した、真正に成立した株式会社であると誤信して取引した原告会社らの吉田土木に対する債権回収をその倒産により不能ならしめ損害を蒙らせたのであるから、商法一九三条二項又は民法七〇九条、七一九条に基づき、その損害を連帯して賠償すべき義務がある。

なお仮に被告ら主張のような設備投資の過剰及び経営の不手際が吉田土木倒産の一因をなしたとしても、これは単なる直接的、最終的要因に過ぎないのであつて、会社の資本が債権者の弁済の担保であり、長期的には資本を欠く会社は通例支払不能・倒産に至ることに思いを致せば、資本の欠缺こそ前記会社倒産の根本原因であり、この両者の間には相当因果関係の存することが了知される訳である。

5  (被告星野、同宮路の監査役としての任務懈怠による損害賠償責任)

被告星野は吉田土木設立当初より現在まで、被告宮路は設立当初より昭和三九年三月二九日まで、それぞれ吉田土木の監査役の職にあつたが、前記のとおり、吉田土木の資本は見せ金により払込まれた外形があるのみで現実には一銭の払込もなされず、しかも商法違反の手続により譲受けた吉田喜代二時代の営業資産は約九〇〇万円も赤字であつたので、両者合わせて吉田土木は設立当初より約一二〇〇万円の資産の不足があつたのにも拘らず、右被告両名は監査役としての職務を悪意又は重大な過失により怠り、右設立時の瑕疵に対し何らの是正措置を採ることなく放置し、また被告星野においては、第4項で主張したとおり、昭和四二年二月一一日に吉田土木が七〇〇万円増資した際にも、その全額が見せ金によつて払込まれた外形があるのみで現実には一銭の払込もなかつたのにも拘らず、悪意又は重大な過失により監査役の職務を怠つたためにこれを是正することなく放任した。

被告両名の右のような悪意又は重大な過失による任務の懈怠により吉田土木は倒産し、原告会社らの同会社に対する前記債権は回収不能となつた。

よつて右両名は、商法二八〇条、二六六条の三により連帯して原告会社らに対し、右債権回収不能による損害を賠償する義務がある。

なお第4項で主張したとおり、吉田土木倒産の根本原因はその資本ないし資産の欠缺であつて、被告両名の任務懈怠行為と原告会社らの損害との間には相当因果関係がある。

6  原告会社らは被告らに対し、原告会社らの吉田土木に対する第1項記載の債権の弁済として、又は選択的に右各債権の回収不能による損害賠償として、連帯して、原告笹花石産に対し金三一六万一五一〇円、原告柏興業に対し金一二四万八七八〇円、承継人氏田組に対し金九三万五三〇〇円と、右各金員に対し、被告らに対する最終訴状の送達のあつた後である昭和四四年一月一日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実中、原告会社ら主張のころ吉田土木が支払不能となり、代表取締役吉田喜代二が失踪し、会社が倒産したことは認め、その余は不知。

2  同第2項の事実のうち、吉田土木の事業目的、資本の額、発起人、設立当初の株主、その引受株式数、取締役、監査役がそれぞれ原告会社ら主張のとおりであつたことは認め、その余は否認する。

被告宇佐美、同星野、同早渡、同田中は、吉田喜代二らと共に真実株式会社を設立する意思で発起人となり、定款を作成し、被告宮路と共に原告会社ら主張の数の株式を引受け、これを現実に払込み、創立総会を開催し、これに出席して取締役、監査役を選任するなど全て法の要求する手続を履践して吉田土木を設立したものであり、吉田土木は爾後、昭和四三年六月までその事業目的に従い営業を継続し、それぞれ必要の都度株主総会、取締役会を開催し、法律上も実体上も法人格の存する会社として活動して各種取引を行なつて来たものである。

なお吉田土木の法人格を不存在としながら、被告らに対し吉田喜代二との連帯責任を追求する原告会社らの主張はそれ自体矛盾であり、また原告会社らは吉田土木ないし吉田喜代二個人を信用して取引をなしたに過ぎず、発起人、株主、監査役などを重視したのではないのであるから、被告らが原告会社らに対して責任を負うべき謂れはない。

3  同第3項の事実のうち、被告らが吉田土木の発起人、株主になつたことは認めるが、その余は否認する。

前項で主張したように、吉田土木は法定の手続に則つて設立され、吉田喜代二とは独立した法人格を有する存在として営業し、各種取引を行なつて来たもので、その間、法人格の濫用も形骸化もなかつた。

なお吉田喜代二個人と吉田土木の実体を同一視してその法人格が否認されるべきことを主張しながら、吉田喜代二と被告らとの連帯責任を訴求する原告会社らの主張はそれ自体矛盾している。

4  同第4項の事実のうち、原告会社ら主張のとおり吉田土木が増資してこれを被告らが引受けたこと、吉田土木が支払不能に陥り、吉田喜代二が失踪し、同会社が倒産したことは認め、その余は否認する。被告らは設立時も増資時も全員その引受株式を現実に払込み、またその他の商法の定める手続を履践して吉田土木を設立したものである。

仮に原告会社ら主張の不法行為が何らかの意味で被告らにあるとしても、これと吉田土木の倒産、原告会社らの損害との間には相当因果関係はなく、また被告らにおいてもこれらを予見することは出来なかつた。即ち、吉田土木の事業は、昭和三八年中に一応軌道に乗つたが、昭和四〇年頃から好況の波に乗つて過剰な設備投資を行ない、過大な融資を受けたため、吉田町小学校改修工事完了後は、この設備に見合う工事の受注がなく、機械・設備が遊休化して運転資金が涸渇したため遂に倒産したものであつて、吉田土木の倒産は、代表取締役たる吉田喜代二が、会社の経営状況の予測、経営の手段、方法等につき判断を誤つたために生じたものである。吉田土木の帳簿を見ても、昭和四〇年以降資産の総額が大幅に増大し、経営規模が著しく拡張し、特に資産のうち、未完成工事支出及びこれに対応する繰越・仮設材料費、機械設備・車両費が右時期に急激に増加しており、これがため必要資金が固定化されて流動資産の不足を生ぜしめたことが窺われるのである。

5  同第5項の事実のうち、被告星野、同宮路が原告会社ら主張のとおり、吉田土木の監査役であつたこと(但し被告宮路の終任時期は昭和三九年三月二五日である)吉田土木が倒産したことは認め、その余は否認する。

被告右両名は、会計帳簿・伝票類の監査を行ない、株主総会の席上や日常において、随時代表取締役吉田喜代二に対し適切な意見・忠告を与え、もつて監査役としての職務を忠実に果して来たものである。

なお仮に被告右両名に何らかの任務懈怠があつたとしても、吉田土木の倒産原因は前項に主張したとおりであるから、業務監査の権限・義務を有さず、会計監査の権限・義務のみをもつ監査役としての被告右両名の任務の懈怠と原告会社らの損害との間には相当因果関係はない。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告会社ら代表者氏田万三郎の尋問の結果及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第一一号証の一ないし一三、第一二号証の一ないし六、第一三号証の一ないし七によれば、原告会社ら各社が吉田土木に対して原告会社ら主張の原因によりその主張の売買代金債権を取得したことが認められ、吉田土木が昭和四三年六月支払不能に陥り、同年七月一六日代表取締役吉田喜代二は失踪して同会社が倒産したことは当事者間に争いがないから、請求原因第1項の事実は履行期の点を除きすべて認められる。

そこで原告会社らの吉田土木に対する右債権を被告らにおいて弁済し、もしくはその回収不能による損害を賠償すべき責任があるか否かにつき検討する。

二、成立に争いのない甲第一四号証の一ないし一六、第一五ないし第一八号証、第二〇号証の一、二、第二一ないし第二四号証、第二五号証の一ないし一三、第二六ないし第三一号証及び証人木村源太郎の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の一ないし三、五ないし八、証人吉田ヒロ子の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の四、第二号証の一、七、第三号証の一、第六号証の一、第七号証の一、第八号証の一ないし三、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一号証の九、一〇、第二号証の二ないし六、八、九ないし二五、第三号証の二ないし二〇、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし四、第六号証の二ないし一七、第七号証の二ないし二一並びに証人木村源太郎、同吉田ヒロ子の各証言及び被告星野、同早渡、同田中、同宮路の各本人尋問の結果(但し被告ら本人尋問の結果のうち後記措信しない部分を除く)によれば次の事実が認められ、これに反する被告星野、同早渡、同田中、同宮路の各本人尋問の関連部分は前記各証拠に照らしたやすく措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

訴外吉田喜代二は吉田組の名の下に個人で土木建築業を経営して来たが、地方公共団体からの注文を獲得するのを容易にし、かつ規模を拡大するため、これを株式会社組織にすることを計画し、昭和三八年頃互に先代の頃より交友関係にあつた被告らに相談したところ、被告らもこれに賛同し、被告星野、同宇佐美、同早渡、同田中において、吉田喜代二及びその家族と共に新会社設立のための発起人となることを了承し、更に、被告星野が三〇万円、同宇佐美が二〇万円、同田中が二〇万円、同早渡が一〇万円、同宮路が二〇万円、訴外吉田喜代二が一五〇万円、同吉田輝雄が二五万円、同吉田マヨが二五万円の株式をそれぞれ引受けるとの応諾をなし、その旨の株式引受書も作成した。しかしながら、右新会社設立の目的は、前記のように、吉田喜代二の個人営業を株式会社に法人格化することであつたので、設立手続は主として同人の手により行なわれ、発起人らの引受けた株式も、後記認定のような方法で払込まれた。同年一月二四日創立総会が開催され、取締役として吉田喜代二、吉田輝雄、吉田マヨが、監査役として被告星野、同宮路が選出され、同日吉田喜代二が代表取締役に選任され、同月二五日に資本の額を三〇〇万円、事業の目的を「一、土木建築、請負、設計及監理。二、右に附帯する一切の業務。」とする株式会社吉田土木の設立登記手続を経由した。しかしながら、その資本金は、同年一月二一日に訴外新潟県信用組合吉田支店から金三〇〇万円を借受けてこれを訴外北越銀行吉田支店へ株式の払込金として別段預金の形で預入れ、もつて保管証明を得て前記の設立登記を経た後右預金全額を引出し、同月二六日に前記新潟県信用組合吉田支店に返済したもので、何ら会社資金として運用された事実はなかつた。また前記の会社設立の目的に沿つて、吉田土木において吉田喜代二の個人営業資産をその設立当初から引継いだが、その際、同人所有の不動産は引継の対象から除外し、これに伴い負債に対応する資産としては帳簿上同人に対する貸付金八九四万七八四一円を計上処理し、右財産引受についてこれを定款に記載したり検査役の調査を経るなり、株主総会の特別決議を経ることをしなかつた。

吉田土木の代表取締役に選任された吉田喜代二は、会社設立後も依然として事業経営の実権をその掌中に納めていたが、吉田土木においては、いずれも形式的ながら、定時株主総会は一応定款に従つて毎年開かれ、また臨時株主総会、取締役会も必要の際には開かれたこととなつており、一方、対外的には会社として取引を行ない企業の進展もあり、会計面での自主性ことに吉田喜代二個人との厳密な区分もあり、混淆の起ることはなかつた。吉田土木の経営状態は、資金繰り自体は常時容易ではなかつたけれども、次第に隆盛に向い、営業の規模は、従業員数及び各期の完成工事高においていずれも数年を待たず相当の伸張を示した。即ち昭和三八年一二月末現在で従業員総数五六名、完成工事高五一八六万一三一九円であつたが、昭和四一年一二月末現在で従業員総数七七名、完成工事高三億二九七万八四三九円であつた。次いで吉田土木は、昭和四二年二月一一日七〇〇万円増資して資本の額を一〇〇〇万円に増額したが、右増資金の払込については、吉田一族が六〇〇万円を引受け、残額は、被告星野が三〇万円、同宇佐美が二〇万円、同田中が二〇万円、同宮路が二〇万円、同早渡が一〇万円の引受をなすことゝして処理された。ところで、右資本金七〇〇万円は訴外第四銀行吉田支店に別途預金として預入れられ、それにより保管証明が発行され、同月一一日新株発行の登記を経るに至つたものであるが、直後の同月一四日にはその全額が同銀行にある吉田土木の当座預金に振替えられ、これに引続いて、右預金が源資となつたと思われるが、同日五〇〇万円の定期預金が同銀行に設けられ、翌一五日右銀行より四九七万六六〇〇円の貸出があり、内三〇〇万円は他への借入金の返済用に充てられ、翌一六日に別途の通知預金より五〇万四四一円の払出しによる入金があり、同日第四銀行よりの借入二四八万三一〇五円があつて、更に同日中に吉田喜代二に対して吉田土木が七〇〇万円を貸付けた形となつており、右出納の集計によれば、七〇〇万円の増資払込金全額該当分は吉田喜代二への貸付金と同額であり、この時期に右吉田に七〇〇万円を個人として会社が貸与する特別の理由のあつたことも証拠はないから、払込金に当る別途預金勘定の計上は帳簿上の操作によるもので、増資株引受人の現実の払込によるものでなかつた疑が強いというべく、たゞ右保管証明のなされた七〇〇万円と吉田喜代二とのつながりについては、その詳細を知るに手がかりとなるものはない。しかし、右のような処理であつたことはともかくとして、資本増加後の吉田土木は同年末に完成工事高三億八〇万五三四二円の実績を残しながら、その頃から資金の涸渇に苦しむようになり、翌四三年六月には手形不渡事故を発生させて、代表者吉田喜代二はその時期に行方不明となり、吉田土木は倒産した。

従つて、以上の事実を前提として原告らの主張する被告らの責任原因につき順次検討する。

三、法人格不存在の主張について

吉田土木は吉田喜代二の個人営業を株式会社に組織変更する目的をもつて設立されたこと、従つて設立当初から同人の旧営業資産のうち不動産を除く一切を譲受けたこと、会社の設立登記後も吉田喜代二が会社の実権を掌握していたことは前記認定のとおりであり、また先に認定したように、設立時の資本の払込額に当る金三〇〇万円は、吉田喜代二が訴外新潟県信用組合吉田支店から一週間の期限で借受け払込の形をとり、設立登記を経た直後に全額を右訴外組合に返済したものであつて、実際に会社資金として運用されていない事実よりすると、右三〇〇万円の払込は、当初より真実の株式払込として会社資金を確保する意図がないのに、一時右訴外組合から借入れた金員をもつて払込の外形を整えるだけの目的に使用し、会社設立の手続終了後直ちに払込金を全額払戻して右借入先に返済した、所謂「見せ金」による払込であつたことが認められ、結局有効な払込はなかつたものと言わざるを得ない。

しかしながら、前記認定の諸事実、即ち、宮路を除く被告ら及び吉田喜代二らには真実株式会社設立の発起人となる意思があつたこと、発起人ら及び被告宮路は設立時の発行株式を全て引受け形式的ながら払込手続をとつた後創立総会を開催し、設立登記を経たこと、右登記後は対外的には会社形態による営業活動を実際に行なつたのであつて、対内的にも形式に止まつたにせよ、各時期の株主総会、取締役会の開催はあつたこと、会社設立後の従業員数の維持増大及び営業規模の拡大が前記のとおり行なわれたこと、などに照らすと、吉田土木設立過程での瑕疵即ち所謂見せ金による資本の払込や、後記のとおり商法違反と断ぜざるを得ない財産引受などがあつたとしても、これをもつて商法所定の設立無効の訴の事由となし得ることは別として(但しこれも法律上の制限があることは指摘するまでもないが)、吉田土木の法人格が不存在であつたと言うことは到底出来ない。

四、法人格否認の主張について

吉田土木は吉田喜代二の個人営業が株式会社に組織されたもので、不動産を除く同人の営業資産を全て譲受けたものであること、その設立過程に前項に認定したような瑕疵があつたこと、右会社設立後も同人が代表取締役として同社の実権を握り営業の衝に当つていたこと、同人に対して吉田土木から多額の貸付金があつて両者の債権債務関係には多少不明朗な点がないではなかつたこと、これらは前項までに認定したとおりであり、原告らはこれらの事実を基にして所謂法人格否認の法理により被告らの責任を追求する。

しかしながら、吉田土木においては、形式的ながらも株主総会、取締役会が開催されたことがあり、営業活動は吉田喜代二個人とは別に吉田土木の名の下に会社形態及び会社の規模において現実に行なわれ、その経理も個人とは明確に区別され、会社の収支として記帳されていたことは前示のとおりであるから、これらの事実に照らすと、未だ吉田土木の法人格が形骸に過ぎないとか、又は濫用された存在でこれに法人格を認めるとすれば会社制度を規制する商法等準拠すべき法律の目的から著しく逸脱して許されないと断ずるにはなお躊躇せざるを得ない。それのみでなく、所謂法人格否認の法理は、会社即個人、個人即会社の実体で、個人企業の実質しか有しない会社がある場合に、その法人格を否認して背後に存在する実体たる個人に迫る法技術であるところ、吉田土木の実権者は吉田吉田喜代二個人であることは上にも認定したとおりで、かつまた原告会社らもかく認識していることはその主張自体から明らかであり、右法理適用の結果責任を負うべき者は右吉田喜代二のみであつて同人を責任主体として目するのならば格別、いわば消極的に同人に協力した者というべき発起人・株主に過ぎない被告らに対し、それらの地位に名を連ねたことによる責任を追求する根拠とするには不適切であり、原告会社らの主張は更に特段の事由を付加するとかその構成を一段と工夫するのでなければ、にわかに採用しがたく、独自の見解に基づくものと言わなければならない。

五、架空会社設立による損害の賠償責任について

吉田土木設立時の資本が全て当初から真実払込む意思のない所謂見せ金によつて払込まれたものであつたこと、同会社が吉田喜代二の個人営業時の資産のうち不動産を除く一切のものの譲受で資産を構成し、右不動産に見合う負債に対応するものとしては吉田喜代二に対し貸付金約九〇〇万円を当初より計上したこと、これらはいずれも前記認定のとおりである。ところで、吉田土木の右吉田喜代二からの財産の譲受は、実質的には吉田土木の立場においてその受領がなされた吉田喜代二による現物出資であると解するのが相当であるが、右譲受資産に対する株式の割当もなされておらず、同人の引受株式の払込は形式上全て現金によつて行なわれていること、及び右営業用の資産は会社設立後に株主総会の特別決議を経て譲受けたものではなく、会社設立時(開始時)の貸借対照表(甲第一号証の一)に既に計上されていたことからすると、右は、商法一六八条一項六号所定の財産引受がなされたものと看做すのが相当である。してみると、右財産引受が適法有効になされるためには、定款に記載され検査役の調査を経ることが必要であることは法文上明白であるが(商法一六八条、一七三条)、これらの手続が何らとられていないのは前記認定のとおりである。

そこで、右のような事実との関連で、発起人の責任を考えて見るのに、有限の間接責任を負う社員(株主)からのみ成る株式会社においては、会社の有する財産(資産)のみが究極において会社債権者の唯一の担保となるのであるから、会社の設立及び資本の増加に際し株主が払込んだとされる資本に照応する財産が現実に充用、確保されることがなければ、右にいう会社債権者の保護は画餅に帰するから、右要請を絶対に充足することが必要であり、それゆえに商法典は株式会社設立時に発行すべき株式で会社成立後になお引受けられないものは、発起人において共同してこれを引受けたものと看做し(同法一九二条一項)、会社成立後なお払込なき株式のあるときには、発起人をしてこれを連帯して払込むべき義務を負わせ(同条二項)、所謂現物出資や財産引受が行なわれる場合には、右要請を厳守させるため、かりそめにも潜脱がないよう所要の手続を慎重に定めている(同法一六八条、一七二条、一七三条等)。従つて、株式会社設立時の発起人の責任としては、自ら引受けた株式を現実に払込むことを要するのは勿論、会社自体としても、その機関の衝に当る者の責任として、会社の資金とする意図も実体もなく有効な払込とならない、所謂「見せ金」による株式の払込や、手続上違法で不当な財産引受等がなされて、商法の要求する前記の原則に悖ることがないよう監視し、これを発見したときには速やかにその是正に努むべき注意義務があるものと言うべきである。

本件における被告ら発起人は、前記のとおり吉田土木設立手続にはその瑕疵があり、これにつき何らの是正措置を講じなかつたのであるから、発起人としての前記義務を尽さなかつたものと言わざるを得ない。

もつとも被告宮路については、実質的にはその余の被告らと同様、吉田喜代二の右会社設立に協力する立場にあつたのではあるが、吉田土木の株主に過ぎない同人にも同様の注意義務があるか否かは暫く措き、ここでその余の被告らの右任務懈怠と原告会社らの損害との間の相当因果関係の存否について更に考察する。

前出甲第一号証の一、第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証の一、三、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一、二によれば、吉田土木の資産構成の主要なもの及び完成工事高は、設立時以後昭和三八年以降昭和四二年まで各一二月末日において別表掲記のとおりの数額による推移を示し、その営業規模が昭和四〇年以降急激に膨脹して、昭和四二年一二月末日現在では、その資産総額は設立時の約一三倍に、同年中の完成工事高は昭和三八年中の五・四一倍に達したこと、ならびに右期間内における各期末の(一)流動資産総額とそのうちの棚卸材料・繰越材料・仮設材料・未完成工事高の総額、(二)固定資産総額(機械設備・器具備品・車両運搬具・土地・建物を含む)、(三)営業利益及び(四)営業外損失の推移はそれぞれ同じく別表に掲記のとおりであることが認められ、これらの事実と原告ら代表者氏田万三郎尋問及び被告星野本人尋問の各結果を総合すると、吉田土木は、その倒産の真因を詳かに指示できる訳ではないが、おおよそその幾つかの要因として昭和四〇年頃から設備投資を増やし固定資産を増大させ、これと同時に経営規模を拡大し、材料費、未完成工事高等の急激な増加を見、資産総額も急速に膨脹したが、反面その後の景気の停滞により、これらの機械設備等に見合う受注が得られなくなり、採算割れの利益率の低い工事を請負わざるを得なくなり、経営状態は悪化し、固定資産の過重による流動資産の涸渇もあつて、遂に昭和四三年六月に支払不能となつたものと認めることができる。

株式会社にあつては資本充実の原則がさきに示したように商法上の厳格なる基準となるべき性質のものであることは再言を要しないし、この理は結局取引社会における第三者の利益保護を直接の指標に置いていることはいうまでもないが、しかし、例えば短期間内に、また営業活動を介さずに又は営業活動を擬して会社制度が悪用された場合のような倒産の例であつて、その原因が資産運用、信用獲得、営業収益等に資本の欠如に発した欠陥があつた等の場合であるのならば格別、自他の商的な又は社会的な環境、あるいは経済的諸情況いかんによつては、この資本の充実のいかんに拘らず企業が経営に蹉跌を来すことはあり得る訳であるから、吉田土木が設立時に前記認定のような資本充実上の瑕疵があつたとしても、その後好調に経過した時期があつたことを考えると、設立時から数年を経て取引に入つた原告会社に、吉田土木の倒産による損害があつたとしても、右瑕疵との間に損害発生上の相当因果関係があるとはたやすく認め難く、従つて、前記認定の被告らの任務懈怠行為及び被告宮路について原告会社らの主張する不法行為と、原告会社らの損害との間には、仮に被告らの右所為にそれぞれ重大な過失があつたとしても、相当因果関係が存在しないものと言わなければならない。

原告会社らは、吉田土木が昭和四二年二月一一日増資した七〇〇万円についても所謂見せ金による払込で被告らによる現実の払込はなかつたとしてこれによる責任を追求するので按ずるに、右七〇〇万円に該当する金員が新株発行の登記後数日のうちに吉田喜代二に対する貸付金として帳簿上処理され、会社財産から流出した形になつていることは前記認定のとおりであるから、この事実からすると、右増資金の払込も設立時におけると同じく見せ金によるものであつたとすることができ、少なくもこれに類似した方法によるもので、払込金の現実の資金への充用はなかつたものと認めることが相当である。しかし資本の充実に関する瑕疵と取引先である原告会社らとの間の損害の相当因果関係について前述したところは、まつたく同様にここでも考えられなければならない。

更に、原告会社ら代表者氏田万三郎の尋問の結果によるも、原告会社らがその取引時に、ことさら吉田土木の資本の額に着目して取引を決定したとの証拠はなく、かえつて重視したのは当時請負つていた先が吉田町発注の工事であるとか、比較的採算のよい道路舗装工事であるという工事の性質であつたことが認められる。

してみるとこの点に関する原告会社らの主張もまた理由がないものと言わなければならない。

六、被告星野、同宮路の監査役としての責任について

被告星野が吉田土木創立以来の監査役であること、被告宮路が同社設立以来昭和三九年三月二五日まで監査役の職にあつたことは当事者間に争いがない(但し、被告宮路の終任時期は成立に争いのない甲第二二号証により同人が辞任届を提出した右時期であると認められる)。

被告星野、同宮路は、その各被告本人尋問において、各々監査役として帳簿・伝票を調査・照合し、吉田喜代二に必要な注意を適宜与えていた旨供述するけれども、吉田土木の設立時の資本金は全て所謂見せ金による無効な払込であつたこと、同会社は設立時に吉田喜代二の個人営業時の資産の大部分を商法所定の手続を経ることなく引受けたが、約九〇〇万円に及ぶ資産の欠缺があつたので、これを吉田喜代二に対する貸付金として帳簿上整理したこと、昭和四二年二月一一日に七〇〇万円増資した際にも、現実には会社において新たな資産を獲得するに至らなかつたことは前記認定のとおりであつて、前述のような会社債権者に対する担保としての物的会社(株式会社)における資本及びこれに見合う資産の存在の重要性に鑑みるときは、監査役としては、資本を構成すべき株式払込金がお現実に払込まれて会社の資産として使用されるよう特別の顧慮をなし、また代表取締役個人に対する多額の金員の貸付など会計上不明朗な点のある場合は、これを株主総会に報告して是正措置を求めるなどする注意義務があると言うべきである。しかるに、本件において被告両名は会社の備付帳簿を少しく仔細に検討すれば容易に発見し得たであろう前記の欠陥をまつたく看過し、もしくはこれを是正する何らの措置を講じなかつたのであるから、同人らにはその職務を行うにつき重大な過失があつたものと言わなければならない(但し、被告宮路においては、前項認定の増資はその退任登記後の事項であるから、この点については責任はない)。

しかしながら、本件に適用されるべき昭和四九年法二一号による改正以前の商法においては、監査役は会社の会計監査をなす権限及び義務のみを有し(改正前商法二七四条、二七五条。二七四条二項の調査権も右の解釈を妨げない。)、業務に関する監査をなす権限及び義務を有しなかつた(現行商法二七四条ないし二七五条参照)のであるから、本件における吉田土木の倒産原因が前項認定のとおり、代表取締役たる吉田喜代二の経営判断の誤りによる過剰な設備投資にあつた以上、被告星野及び宮路の前記任務懈怠行為と同会社の倒産との間には相当因果関係を欠くものと言わなければならず、右両名に対し監査役としての任務懈怠を理由として原告会社らの蒙つた損害の賠償を求める請求はもとより理由がないと言わざるを得ない。

七、以上のように、原告会社らの被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれらを全て棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡山宏 池田眞一 満田明彦)

別表<省略>

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